2020年12月12日 星期六

〈徳間書店の雑誌と 文庫レーベルの歴史的位置 ―1980 年代の『アニメージュ』とアニメージュ文庫の軌跡から〉山中智省

  1. はじめに 
    徳間書店が発行している『アニメージュ』(1978 年創刊)は日本の老舗ア ニメ雑誌の一つであり,学研プラスの『アニメディア』(1981 年創刊)や KADOKAWA の『ニュータイプ』(1985 年創刊)などと並び,「アニメ雑誌 三強(御三家)」と呼ばれることもある有力誌である.
  2. 本研究の背景・目的・方法
    1. 『アニメージュ』とアニメージュ文庫
      1. アニメージュ
        1980 年代の『アニメージュ』と言えば,アニメ『機動戦士ガンダム』のキャ ラクター(マチルダ・アジャン)が表紙を飾った 1980 年 3 月号が,アニメ雑 誌としては異例の重版を果たすなど,商業的に大きな成功を収めたことでも よく知られている
      2. アニメージュ文庫
        アニメファンを主な想定読者とするアニメージュ文庫は,1982 年 12 月に 創刊された徳間書店の文庫レーベルであり,『アニメージュ』での連載等を 通して本誌とも連携を図りつつ,アニメノベライズやオリジナル小説のほか, キャラクターの写真集やアニメのフィルムブック,アニメ制作者のエッセ イ・自伝など,多種多様な刊行物を世に送り出してきた.さらには,アニメ 文化やアニメ雑誌と密接な繋がりを持つ文庫レーベルの特性上,出版,映像, 音楽の各分野に跨った商品展開が積極的に進められており,後に若年層向け エンターテインメント小説の代表格となるライトノベルと同じく,他/多メ ディアを横断するコンテンツ群を生む「場」となっていたのである.
    2. 研究背景
      日本では 1970 年代後半,角川文庫が横溝正史『犬神家の一族』や森村誠 一『人間の証明』などを対象に推し進めた「小説を本,映画,レコードなど によるメディア・ミックスの相乗効果によって売る方法」である「角川商法」 の商業的成功を受け,文庫本は「古典や定評ある著作の廉価版シリーズ」から「読み捨ての廉価本」へと変容したとまで言われている 3).また,これ以 降も文庫本を交えながら複数のメディアを横断する出版戦略として発展・ 拡散していくメディアミックスのうち,1980 年代に隆盛したものの一つが, 雑誌とその掲載コンテンツを用いた展開事例であった.例えば 1980 年代か ら「雑誌の時代」を迎えた角川は,『ザテレビジョン』(1982 年創刊),『コン プティーク』,『ニュータイプ』等の雑誌をプラットフォームとして 4),角川 文庫や角川スニーカー文庫とも連携を図りつつ,水野良『ロードス島戦記』 や松枝蔵人『聖エルザクルセイダーズ』など,現在のライトノベルの源流と なったコンテンツを数多く生み出していったのである
    3. 研究目的・方法
      そこで本稿は,まず 1980 年代の『アニメージュ』とアニメージュ文庫の 実態を,『アニメージュ』の誌面や関連広告,文庫本や目録などの同時代資 料のほか,編集者や作家といった当事者たちの証言から明らかにしていく
  3.  『アニメージュ』とその周辺動向
    1. 『アニメージュ』がもたらした功績
      『アニメージュ』は 1978 年 5 月に徳間書店が創刊した,日本で最古参の部 類に入る月刊アニメ雑誌である
      1984 年公開のアニメ映画『風の谷のナウシカ』は興行収入が約 14.8 億円 を記録し 11),映像・音楽ソフトなどの関連商品の売り上げを含めて,商業 的に大きな成功を収めることとなった.この結果を受けて徳間書店は以後, アニメ事業に本格参入するとともに,『アニメージュ』とその掲載コンテン ツを用いたメディアミックスに引き続き取り組んでいったのである
      1980 年代 の『アニメージュ』とその周辺で見受けられた『風の谷のナウシカ』をめぐ る動向は,日本におけるメディアミックスの形成・発展に対し,同誌が残し た確かな功績の一つだったと見なすことができよう
    2. 『アニメージュ』に見るメディアミックスの特徴
      980 年代以降,徳間書店が『アニメージュ』や『リュウ』の掲載コンテ ンツをもとに展開したメディアミックスについて,大塚英志はその特徴を, 「高畑勲や宮崎駿という怪物的創り手の存在が前提」の「徹底した作家主義」 にあったと述べている 
      1. クリエイター主義
        『ロ マンアルバム・宇宙戦艦ヤマト』(徳間書店,1977 年)の出版とヒット以来, 出版業界におけるメディアミックスの重要性を実感した尾形は,「アニメー ション情報誌である以上,コミックページは大量でなくてよい.しかし,そ れだけにコミック専門誌とはおのずから違う個性的な作品でなければならな い.むしろ,作家の起用も,アニメーターなど,アニメーション関係者のな かにすぐれた偉材が隠れているのではないか……という発想があった.既成 の作家を追い回して苦汁をなめるよりは,はるかに合理的だし,成功率も高 いだろう」)と考え,原作確保のために『アニメージュ』でのマンガ連載を 模索し始めたという.
    3. アニメージュ文庫の創刊が意味するもの
      別名「AM JuJu(エイエム ジュジュ)」と呼ばれたこの文庫レーベル は,「出すからには他社にないもので,アニメ・ファンが見て読んでおもし ろいものを,このポリシィで 5 部門作ってみました」)という趣旨のもと, 「NOVEL」(アニメノベライズ・オリジナル小説など),「CHARACTER」 (キャラクターの写真集・ストーリー集など),「FILM」(アニメのフィルム ブック・技法書など),「PEOPLE」(アニメ制作者のエッセイ・自伝など), 「THE BEST」(シナリオ集・絵コンテ集・画集・ゲームブックなど)の 5 部 門が設けられており ),豊富な刊行ラインナップを読者にアピールしていた
      1. アニメージュ文庫とは,尾形が重要視した「情報ミックス時代」, 換言するなら「メディアミックス興隆時代」とも言うべき状況を見越して取 られた方策の一つだったのである.そうであるならば,『アニメージュ』と その周辺動向のなかでアニメージュ文庫の創刊が意味するものは,同誌を主 軸としたメディアミックスを可能にする環境構築,及び,コンテンツ創出に 向けた取り組みの本格的な開始だったと考えられる
  4. アニメージュ文庫の特徴と役割
    1. 当事者たちが語る創刊の経緯
      1. アニメージュ文庫創刊前後の出版動向に目を向ければ,ヤングアダ ルト市場に多数の出版社が参入してくるとともに,1980 年代のアニメブー ムに乗じる形で,複数の文庫レーベルが誕生していた.具体的には,1980 年に文化出版局のポケットメイツ,81 年に朝日ソノラマのアニメ文庫,82 年に徳間書店のアニメージュ文庫,84 年に双葉社の双葉社アニメ文庫と講 談社の講談社 X 文庫などが創刊されており,これらの文庫レーベルではア ニメ関連書籍の刊行を中心に,「アニメとのメディアミックスを前面に押し 出した文庫戦略」が採られていたのである 
    2. 刊行物とその特徴―小説を中心に
      1. 初刊行となるオリジナル小説は,『アニメージュ』1984 年 8 月号から連載 が始まった首藤剛志のファンタジー小説『永遠のフィレーナ』の文庫本第 1 巻であった.そして,人気 RPG『女神転生』シリーズの原作となった西谷 史の伝奇 SF 小説『デジタル・デビル・ストーリー 女神転生』),藤川圭介 の青春小説『エイプリル・シャワー物語』などが後に続き,以降も様々なジャ ンルをカバーするオリジナル小説が多数刊行されたのである.
      2. そうしたラインナップのうち,例えば『アニメージュ』で 1986 年から連 載され,翌年には文庫化を果たした藤井青銅のコメディ小説『死人にシナチ ク』は,アニメファンの高校生を主人公に据えつつ,読みやすい軽快な文章, マンガ家・あさりよしとおのマンガと挿絵を交えたキャラクター描写とス トーリー展開,アニメ業界のパロディを多分に含む内容などが特徴的で,現 在ではライトノベルの一源流と見なす声も少なくない
    3. 作家の発掘・育成とメディアミックス
      1. 創刊間もない頃のアニメージュ文庫は,まずアニメノベライズを経 由したメディアミックスに取り組んでいた.例えば,首藤剛志『その後の戦 国魔神ゴーショーグン』は 1983 年に「アニメージュレーベル」からイメー ジレコードが発売され,同著『戦国魔神ゴーショーグン 時の異邦人』は 85 年にアニメ映画化とビデオ発売を果たしている.そして先に見た 2 点の記事 以降,いよいよオリジナル小説を原作とするメディアミックスが本格化して いったのである.具体的には,1987 年に西谷史『デジタル・デビル・ストー リー 女神転生』を原作とする OVA『デジタル・デビル物語 女神転生』と, 同名の PC ゲームが発売.また,首藤剛志『永遠のフィレーナ』も 1990 年 代前半に OVA 化とゲーム化が行われており,これらの様相はまさに,現在 盛んなライトノベルを原作とするメディアミックスの展開手法を彷彿させた.
      2. アニメージュ文庫 が『アニメージュ』の「クリエイター主義」をやはり基盤としながら,作家 の起用・育成からメディアミックスまでの取り組みを推し進めていた状況で ある.その意味で『アニメージュ』とアニメージュ文庫は互いに不可分な存 在と言え,当初喧伝されていた通り,両者はまさしく「兄弟」関係にあった 雑誌と文庫レーベルだったと言えよう 40).そして,両者はこのような関係 を基軸に据えつつ,メディアミックスとライトノベルの形成・発展にも寄与 してきたわけである. 
  5. おわりに

得這篇文章想要討論什麼?

本稿では主に 1980 年代の『アニメー ジュ』とアニメージュ文庫を対象として,これらの実態を雑誌の誌面や関連広 告,文庫本や目録などの同時代資料のほか,編集者や作家といった当事者たち の証言から明らかにしつつ,その歴史的位置について考察する

我覺得這篇文章有哪些重點?或是我的心得?
以アニメー ジュ跟アニメージュ文庫為主,討論80年代的動畫、小說、漫畫出版狀況,可說是現今已習以為常的跨媒體製作的源頭,以及標榜創作者主義的出版方針,也是值得關注的一點。

2020年12月11日 星期五

〈秋葉原の歴史とオタク文化 --日本のキャラクタービジネスの基盤〉原啓之

  1. 序論
  2. オタクという言葉の歴史と変遷
    1. 「オタク」とは
      「オタク」という言葉は、当時 23 歳だったエッセイスト、中森明夫氏が 1983 年 6 月か ら 1983 年 12 月までの間に、成人向け漫画雑誌『漫画ブリッコ』に連載した「『おたく』の 研究」の中で紹介され、一般化したものとされている。
    2. オタクという言葉の定着
      1989 年 8 月、宮崎事件でオタクという語は広く一般的に知られるようになる。
      オタクという言葉が持っていた、若者に必要なモラトリアムというべきロマンティシ ズムは一気に色あせ、潜在的色情殺人鬼と同義語になり、己の欲望を満たすためにはどん な犯罪も平気で犯す者とされるようになったのである。これが第二のオタク排斥の波であ る。
      結局オタクは日本語として定着すべく生ま れた語のようであり、後にはメディアも当事者たちも、この語をごまかして避けたり、よ り肯定的な語にすり替える作業をやめてしまった。そこで、言葉をイメージアップさせる ための次なる戦略は、何であれマニアックな趣味を持つ者全員にこの語を割り当ててしま うことであった。「アニメオタク」「SF オタク」「鉄道オタク」「コミックオタク」「芸能人 オタク」「カメラオタク」さらには「健康オタク」など様々なジャンルで深い造詣と創造力 を持ち、それを生甲斐としている者を「オタク」としたのだ。そうした中で、ネガティブ イメージを払拭するために「オタク趣味」を自らアピールする芸能人、文化人も現れ、徐々 に差別的用語から、主にインドア志向な趣味に精通する自分をアピールするキーワードに 変化していったのである。 
    3. オタクの空間感覚とオウム真理教との関連
      このようにオタクという言葉が一般化していくなかで、1995 年 3 月オウム真理教による 地下鉄サリン事件 3 が起こった
      オウム真理教が所有する建築物は「サティアン」と呼ばれた。それらはデザインがほと んど施されず、工場や倉庫に近い外観を呈していたという点において、宗教建築のイメー ジから大きく逸脱するものであった。創価学会の大本堂などをはじめとする様々な新興宗 教の聖堂と比較するとオウム真理教の聖堂の特異さが理解できる。サティアンには圧倒的 にデザインが欠如しているのである。サティアンにおけるデザインの欠落を社会の情報化 と関連づける発言が当時多くなされた。それは、情報空間への人々の没入によってより現実の形態、空間、生活に対する感覚的価値が下落し、人々が建築の拠り所ともいえるそれ らに無関心になるということである。
      オウム真理教は建築以外のものには徹底してデザインを施していた。信者た ちの制服、布教用アニメにおける教祖や幹部たちを模したキャラクター、選挙活動におけ る女性信者の舞やヌイグルミを動員してのパフォーマンス、黄昏を背景に瞑想する教祖の 映像など、その表現は建築以外の分野では多岐にわたっている。ここにオウム真理教とオ タクの空間感覚の傾向に対する関連性が強く現れ、これを証しているという側面に、サテ ィアンの重要性がある。
    4. オウム真理教のオタク性
      日本の多くの若者、特にオタクのほとんどが心の裡に秘めている迫害のコンプレックス に共鳴させ、オタク世代の不満を読み取った麻原や教団幹部は、布教にアニメや漫画、ヒーローを取り入れて、彼らの社会への不満を自分たちのために利用しようとしたのである。 教団におけるオタク文化の影響は確固たるもので、若者問題を専門にしているエッセイス ト、大塚英治は、オウム信者を「オタクの連合赤軍」と呼んだ。これらが第三のオタクバ ッシングの波であった。  
    5. 現在のオタクとは
      オタクという言葉から想起される人物はすでに多様化している。主にアニメや漫画など のサブカルチャー、趣味に没頭する人の一つの類型またはその個人を示す言葉であるが、 具体的にいえば「こだわりがある対象を持ち」、「その対象に対して時間やお金を極端なほ ど集中的に消費しつつ」、「深い造詣と創造力を持ち、かつ情報発信活動や創作活動なども 行っている人々」として定義できる。
  3. 独自の変化を遂げる秋葉原
    1. 秋葉原電気街の形成
      1. 1945 年(昭和 20 年)8 月 15 日の終戦の時点では、東京は焼け野原であった。秋葉原電気 街の形成には、二つの大きな要因があった
        1. 一つは終戦直後、近くに位置する電気工業専 門学校(現東京電機大学)の学生がアルバイトで始めたラジオの組み立て販売が大盛況とな り、駿河台、小川町界隈の闇市などに徐々にラジオ部品を供給する電器関係の露天商が集 中し始めたことがある。
          ところが 1949 年に、当時日本を占拠していた GHQ が道路の拡幅整 理のために露店撤廃令を施行したことで、この闇市は危機に陥る。この GHQ の政策に対し て露天商が陳情した結果、東京都と国鉄が秋葉原駅のガード下に代替地を提供するという 措置が 1951 年(昭和 26 年)の露店整理令によってとられる。そして露天商がそこへ収容さ れたことが秋葉原電気街形成の始まりといわれている。これによって後のラジオセンター やラジオデパートを成す駅周辺の高密度な部品商区画が発生し、電気街の原形が形成され たのである。
        2. 戦前から店を構えていた広瀬商会が総合問屋として地 方にネットワークを持っており、遠方から仕入れの目的で小売業者や二次卸し店が多く訪 れたことである。その結果、秋葉原は安いという評判が広まり、国鉄だけでなく、当時庶 民の大事な足であった都電を利用するにも便のいい交通の結節点ということもあって、一 般客も集まるようになっていったのである
      2. こうして秋葉原は、1970 年 代には全国の家電市場の実に一割を一平方キロメートルに満たない領域で担う、日本一の 電気街に成長するに至った。
    2. 秋葉原家電市場の衰退
      秋葉原は 1980 年代までは若い夫婦が生活水準の上昇 気分に心躍らせながら、小さな子供たちを引き連れて、新しい冷蔵庫やビデオカメラを買 いに行くような場所であり、客層の中心は多くの家族連れであった。
      自動車の普及、宅配便などの物流システムが急成長したことも秋葉原の家電市場には悪 影響となった。家電製品の価格帯が下がるに従って、わざわざ秋葉原まで家族で出向くよ りも近郊のローサイドの量販店に買い物に行くことを、東京近県のベッドタウンに住む 人々は選び出したのである。
    3. マルチメディアの街へ
      家電市場を奪われた秋葉原の電器店は、主力商品をパソコンに移していくことになる。
      秋葉原の他の大型店もこぞってチェーン店を専門分化させ た。ソフマップが 1993 年 6 月に初めて中央通りに面したショップ、総合アミューズメント 館を出店したことで、現在のマルチメディア街に変貌する新しい波が起きた。1995 年 11 月の「Windows95」の発売日のお祭り騒ぎも、マルチメディア最先端の街として大きな変化 を起こす契機になった。これにともなって秋葉原を訪れる客層も、家電を買いに来る家族 連れから、専門的商品を求める若い男性のパソコンマニアへと、著しく偏ることになった のである。この客層の変化は、特殊な性格を帯びていた。それは単なる年齢層の狭まりや,男女構成の変化だけではなかったからである
    4. オタク文化の街へ
      このエヴァンゲリオンブームが、海洋堂に代表されるようなガレージキット専門店や同 人誌の専門店の進出に必要な体力と勢いをもたらし、秋葉原の一等地へと出店させたのだ。 そして恩恵にあずかった業種の進出店が予想を超える売上をたたき出すのを見て、雪崩を 打ったように同業の専門店が競って秋葉原へ進出を始めた
      こうして 1997 年以降、秋葉原は急速に電気街から日本一のオタクのメッカへと変貌す るのである。
      1. それがなぜ続々と秋葉原に移転し、あれほどヒットしたのか。その答えがもっとも肝 心な秋葉原のオタク街化の中心的な仕組みとなっている
        それは、他の場所にない著しい人格の偏在が秋葉原に起こっていたからだ。パソコンを 好むマニアの集中によって発生した人格的な偏りである。パソコンを好む人は、アニメの 絵柄のようなキャラクターを好み、そうしたキャラクターが登場するアニメや、ゲーム、 ガレージキットも愛好する傾向があり、オタク趣味の構造を持っている
    5. 進化する街
      集まる人々のオタク趣味の構造から、秋葉原はオタク街化してきた。そのような中で、 秋葉原をメジャーにさせるブームが起きた。それが「電車男」ブームである
       また 2005 年には「つくばエクスプレス」が開業し、交通的にも便利になり、秋葉原駅東 口には「ヨドバシカメラ・マルチメディア Akiba」が作られた。さらに 2006 年には、電気 街北口の駐車場跡に、さまざまな領域(フィールド)の人々と、様々な領域の情報が集い、 そして交流(クロス)することによって、IT を活用した次世代の新しいビジネスを創造する ことをコンセプトとした「秋葉原クロスフィールド」が完成した。
  4. 広まるオタク文化
    1. 「萌え」とは
      その歴史の中で生まれたキャラクターへの愛情を表現する言葉が「萌え」である。旧来 の語意通りの、草木が芽吹く様ではなく、この萌えるという言葉に加えられた新たな語意 が、趣味嗜好の問題を指し示している。その語意とは、特定のキャラクターやキャラクターを構成する特定の部分的要素に惹かれ、好みに感じることである。入れ込んでハートが 熱く燃えているようなイメージが、そこにはかけ合わされている。その起源は、アニメ、 コミック、声優など複数の説があり、1993 年から 1994 年頃にわざと漢字の誤変換を残し た言葉遊びを好んでいたパソコン通信ユーザーの間で広まったのがきっかけといわれてい る。 
    2. キャラクターライセンス市場の拡大
      『デジタルコンテンツ白書 2006』によると、日本の 2003 年のコンテンツ産業の総売上 額は 12 兆 7906 億円となり、これは第一次産業、農林水産品の総生産額約 10 兆円を上回っ ている
      そして、その中でもキャラクターライセンス商品の市場は推計、2 兆 0837 億円と なっている。
      1. 市場が拡大されたのか、それにはエヴァンゲリオンブームによりアニメへの投資が 増えていることも大きい。
      2. そして最も大きな理由として日本のインターネットの普及が挙げられる。インターネッ トの普及によってオタクの存在や活動が顕在化され後押しされたのである


    3. コミックマーケット
      日本全国からオタクが集まるイベントがある。それが世界最大規模の同人誌展示即売会、 「コミックマーケット」である。通称「コミケ」とも呼ばれる
      それ が 21 世紀の現在(2004 年 8 月開催、コミックマーケット 66)では、有明にある東京国際展 示場に 3 万 5000 サークル、51 万人もの人々を毎回 3 日間(通常、毎年 8 月と 12 月の 2 回 行われる)で集め、経済活動としても一日に概算 20 億円もの金額が動く市場に成長した。
      そしてコミケのさらなる重要な特徴はオールジャンルのイベントであるということ だ。ジャンルの規制がなく、漫画や小説などのオリジナル創作物や、商業作品のパロディ、 成人向け同人誌、鉄道、カメラなどの伝統的なマニア分野の同人誌から各領域の評論系同 人誌、グッズ販売、そしてコスプレまでが一堂に会するのである
    4. コスプレから世界へ
      コスプレとは、漫画やアニメなどに登場するキャラクターの衣装や容姿を真似て、その キャラクターになりきる「コスチューム・プレイ」の略である。
      日本で初めて生まれたメイ ド喫茶は、コスプレ衣装の販売で知られるコスパを母体として 2001 年 3 月に開店した「Cure Maid Cafe」であった
      店員がメイドの扮装をするメイドビジネスの店は、2005 年 7 月には秋葉原 周辺に約 20 店にも及び、さらに全国にも拡大されつつある。また 2005 年 5 月にニューヨ ークタイムズに紹介されるなど、世界的にも知られるようになった。
  5. 結論

 得這篇文章想要討論什麼?

主要是討論秋葉原的歷史,順便簡介御宅族跟相關的內容

我覺得這篇文章有哪些重點?或是我的心得?
我是覺得他把御宅文化相關的點都大概簡介了一下,滿全面的。

2020年12月10日 星期四

〈オタクの消費行動の考察-奥出拓摩〉

  1. はじめに
  2. オタクについての概要
    1. 「オタク」の定義
      オタクとは、「こだわりがある対象をもち」、「その対象に対して時間やお金を極端なほ ど集中的に消費しつつ」、「深い造詣と想像力をもち、かつ情報発信活動や創作活動など も行っている人々」である。一方で「社会一般からは価値を理解しがたいサブカルチャ ーに没頭し、コミュニケーション能力に劣る人」というネガティブな見解が示されるこ とも多い。しかし、定義や範囲など曖昧なところが多い。
    2. 「オタク」の語源
      「オタク」という言 葉を初めて使い始めたのは『超時空要塞マクロス』を作ったスタッフだと言われている。 制作者間でお互いを「お宅」と呼び合っていることや、『マクロス』の登場人物にも「お 宅」と呼び合わせていることから、まず SF ファンの間で「オタク」という言葉は広ま ったとされている。 
    3. 世代別のオタクの特徴
      1. オタク第一世代(1960 年代生まれ)
        基本的に SF ファンで、劇画の登場によりマンガは大人も読む者として認められつつ あったが、「アニメは子供のもの」という風潮の中で育った
        マンガやアニメは、学生運動を主 導した戦中生まれ世代や団塊世代の抱いていた社会変革思想の対抗物として意識され ていたため、彼らのオタク趣味全般に理論化・体系化への指向が強い場合が多い。コ ミックマーケットなど現在に至るイベントの基礎を築いた者もこの世代である
      2. オタク第二世代(1970 年代生まれ)
        少年期に「宇宙戦艦ヤマト」や「機動戦士ガンダム」などアニメブームの洗礼を受け、 広くアニメなどが趣味の範疇に受け入れられた。これらの作品が SF を基底として、架空の技術体系を構築する手法をとったため、提供される側にはその架空の技術体系を 網羅したがる方向性もみられる
        バブル世代と団塊ジュニアに相当し、1970 年代末期~1980 年代のテレビゲーム・パ ソコン趣味の担い手ともなった。ロボットアニメ最盛期に育った世代でもあり、プラ モデルなどこれらの作品に関連した製品が登場して一大市場を築き、その受け手とな った。なお、この世代の親(1940 年前後生まれ)は、「仮面ライダー」の石ノ森章太郎 や「機動戦士ガンダム」の富野由悠季など、特撮の大作家が多い世代である。
      3. オタク第三世代(1980 年代生まれ)
        1990 年代後半に「新世紀エヴァンゲリオン」の洗礼を受け、セカイ系と言われるム ーブメントの担い手となった
        1980 年代前半に生まれた世代は、高校までにインターネットが普及し始めた世代で あり、インターネットをテレビや雑誌などと同質の媒体として利用していることがう かがえる。
        なお、第三世代以降の世代ではオタク趣味が一般的なものとなり、オタクコミュニテ ィの拡散化と嗜好の分裂化・多様化がかなり進んでいるため、個人個人を一つの世代 で括って考えることが難しくなっている。
      4. オタク第四世代(1990 年代生まれ)
        インターネット利用が一般的な環境の中に育ち、従来の世代が遊び場や友達・仲間を 広場や公園に求めたのと同質の感覚で、コンピューターネットワーク上のネットコミ ュニティにも求めていった世代である
    4. インターネットの普及によるオタクの顕在化 
      インターネットなどの電子的ネットワークが普及する以前は、オタクは地縁、人縁で のみ結びついて活動していた。そのため、オタク同士が同好の士を発見し結びつくため には、そもそも両者が互いにオタクであることを普段の生活の中で認識し、接近しなく てはならず、接触できるような場所やイベントが必要であった。
      1980 年代後半になってパソコン通信が始まり、初めて地理や時間の制約を越えて、オ タク同士がコミュニケーションをとれるようになった。さらに 1990 年代後半からのイ ンターネットの普及や 2000 年代のブロードバンド環境、パソコンの一般家庭への普及 などによってコミュニケーションの場が急速に拡大した。
      1. インターネット普及に伴う環境の変化として
        1. 第一に、地理、人的ネットワークなど 物理的に制約を受けていたオタクが、パソコン通信、インターネットの普及によって、 容易に相互を発見し、コミュニケーションをとれるようになった
        2. 第二に、インターネットを利用することにより、ニッチな分野の情報でも簡単に収集 することができるようになり、ネット上のオタクコミュニティに容易にアクセスできる ようになった
        3. 第三に、ネット上でいわゆる「同好の士」を簡単に見つけ、コミュニケーションがで きるようになり、お互いに情報や意見をより簡単に交換できる環境ができてくると、今 まで情報収集を主にしていた人が、今度は情報発信を行うようになり、オタク全体の活 動が活発になった
  3. オタクの消費行動
    1. オタクの行動様式
      1. 高水準の消費
        理想へ近づくためには「金に糸目をつけない」傾向がある。また、支出に関しては、その分野のオタクである限り何年でも消費を続けるため、一般的な消 費者と比べると、その分野に対する生涯総支出額が高い
      2. 新たな価値の創造
        オタクは商品やサービスへの消費だけでなく、自分のこだわりのある分野については、 自分なりの解釈や考えを積極的に表現する傾向がある。その範囲は、自分のこだわり のある対象についての解釈に始まり、それらの解釈の体系化(理論化)や、さらには 自分なりの補完や創造による創作活動にまで及ぶ
      3. 積極的な情報発信
        ネット上でコミュニティを形成するようになったオタクは、幅広く情報収集や情報交 換を行っている。その結果、オタクのコミュニティでは、数々の情報や評価などが、 集積、更新されるようになる。そして、このオタクによって生み出される情報が、口 コミ情報として非オタクへ伝播し、市場全体に影響を与えるという流れも出てきてい る。
    2. オタク的行動原理
      以下では、野村総合研究所が 2004 年 8 月に実施した「趣味やこだわりに関する生活 者調査」の分析の一部を用いる
      1. 消費性オタク
        消費市場において「極端な消費行動を行う層」が存在する。一般に、十分なサンプル のもとでの、ある分野に対する消費支出あるいは消費時間の分布は、およそ平均値付 近に集中する。しかし、「自分が強くこだわりを持っている分野に対する消費支出や消 費時間」の分布は、平均値付近に集中する層のほかに、さらに上位にもうひとつ第二 の層が形成される傾向にある。
        この「無条件に消費をしてしまい、ブレーキが効かなくなる状態の消費」を「オタク 的消費」とし、その性向が強い層を「消費性オタク」とする。

        オタク的消費では、理想像を追い求める情熱が原動力となり消費行動がとられるため、 多くの場合、消費に対する価格弾性が極小となり、趣味に対して支出可能な金額のほ とんどをつぎこむという極端な行動に走ってしまいがちになる。また、コレクション を増やす、ハイスコアを更新するなどの、消費、創造活動を繰り返し、徐々に理想像 に近づくにつれ、理想像への情熱はさらに高まる。
      2. 心理性オタク
        オタク的消費においては、「創造性」、「情熱」が消費行動を加速させる構造が明らか となった。そこで、このオタク的消費のスパイラルモデルをもとに、オタクのこだわ りに対する基本的な考え方や行動を分析し、「創造性」、「情熱」、「消費」に対応するオ タクに特徴的な6つの心理および行動要素、いわば「オタク因子」を抽出した
        1. 収集欲求
          こだわりがある対象に関する情報や商品やグッズは、すべてそろえないと気がすま ない、そろえることにより優越感を感じるという心理である。
        2. 共感欲求
          自分のこだわりの対象に関して、そのよさを他の人にも知ってもらいたい、趣味の 仲間を増やしたいという心理である
        3. 自律欲求
          こだわりのある趣味に対し自分なりの評価の基準や解釈を持っており、他人にどう 思われようと自分の考えに基づいて物事を判断したいとする心理である
        4. 帰属欲求
          価値を共有できる集団を形成し、その集団へ帰属することを強く求める心理である
        5. 顕示欲求
          自分なりに集めた情報や作品の解釈・批評を、インターネットなどを用いて発信し たいという心理である
        6. 創作欲求
          こだわりのある分野に関連し、自己流の解釈に基づいたカバー作品を創作したり、 まったくオリジナルの作品を創作したり、自己流の改造を加えるなどの創造・創作活 動を行うことへの欲求心理である
      3. オタク発生の割合
        「趣味やこだわりに関する生活者調査」の分析の結果から、消費性オタクの出現率を 生活者全体の約 11%、心理性オタクでは全体の約 36%であると推定した。また、消費 性オタクであり、かつ心理性オタクである層、すなわち中毒的で極端な消費行動を示 し、かつ心理的にもオタク的な特徴を有する生活者を「オタク」と定義づけた。この 「オタク」の出現率はおよそ 3.6%、つまり 28 人に 1 人の割合でオタクが存在するこ とになる。 
  4. オタクの支出に関する分析
    ここでは、いわゆるオタク関連商品に対する支払い行動を見ていく。対象となる商品群 は、アニメ(DVD/CD/グッズ類)、コミック・ライトノベル、ゲーム、フィギュア、同 人誌・同人作品、コスチュームである。
    そこで、日本のオタク関連商品のユーザー1510 人に対してアンケート調査を行い、その 支払い行動について定量的に分析をするという試みを紹介する
    1. 支出額に関する記述統計





      表四:
      フィギュア(24,264 円)にな らんでアニメ(24,939 円)が高額になっている。支出額の大きさは、その単価が高いこ と、客層の年齢層が高く小遣いが多いことなど、複数の要因が考えられる。特にフィギ ュアの場合は、年齢層が突出しており可処分所得も高いなどの影響が強いと思われる。
      アニメとコミックは、ゲームとフ ィギュアに比べて月買物回数が多い傾向にある。比較的単価の低い商品を、何回も買い 物に出かけて買いためていると推察される。 
    2. クリエイター気質の測定



    3. 支出額の決定要因
      重回帰分析とは、説明変数(x)と被説明変数(y)との関係を一次式にあてはめ、x の 係数を推定する手法である
      ここでは、被説明変数(y)として、月支出額と月支出額/小遣いの 2 つの指標を用い る。


  5. オタクコンテンツ市場の動向
    野村総合研究所「「オタク層」の市場規模推計と実態に関する調査」(2004 年 8 月 24 日) → 総額 2900 億円(範囲:アニメ、アイドル、コミック、ゲーム、組立 PC)
    浜銀総合研究所「萌え市場は 888 億円」(2005 年 4 月 1 日) → 総額 888 億円(範囲:コミック、映像、ゲーム) 
    メディアクリエイト『2008 オタク産業白書』(2007 年 12 月 28 日) →総額 1866.8 億円(範囲:DVD/CD、出版コンテンツ、ゲーム、グッズ類、同人)
    1. オタクコンテンツの 2007 年国内市場規模
      2007 年におけるオタク関連コンテンツ(DVD/CD、出版コンテンツ、ゲーム、グッズ類、同人)の市場規模は 1,866.8 億円である。2006 年の市場規模は 1,821.7 億円とな り、2007 年は対前年比で 2.5%増であった。
    2. DVD/CD パッケージソフト市場
      1. 定義
        オタクコンテンツのパッケージソフトとして、アニメ DVD、アニメ・声優・ゲーム CD を取り上げる
        オタク系の専門店で売られている DVD・CD をオタク商品、それらが形成する市場をオタク市場としている
      2. パッケージソフト市場規模
        2007年のオタクコンテンツ市場におけるDVD・CDの 市場規模は340.2億円である。 うち DVD 市場が 163.0 億円、CD 市場が 177.2 億円である。これはセルのみの集計で あり、レンタルなどを含めた数値ではない。
        2006 年の市場規模は、全体では 333.5 億円で、うち DVD 市場が 168.2 億円、CD 市 場が 165.3 億円となっている。DVD 市場がやや減少したものの、市場全体と CD 市場 では売上を伸ばしている。 
    3. 出版コンテンツ市場
      1. 定義
        ここでは、オタク産業の市場規模をオタク向け専門店の売り上げベースで算出してい る。 
      2. 専門店における市場規模
        専門店の売り上げベースでの市場規模は、2007 年は 406.7 億円、2006 年は 413.3 億 円となった。 雑誌やコミックスが停滞する一方でライトノベルは、2007 年では対前年比 104%と 伸びを見せ、この傾向はここ数年続いている。ライトノベルは専門店との親和性が高 いが、コミックスは一般店でも購入しやすいため、一般市場と比較して占有率が低く なっている
    4. ゲーム市場
      1. 定義
        1. コンシューマーの美少女ゲーム、乙女ゲーム、ボーイズラブゲーム 
        2. 上記以外のコンシューマーで、オタク層の購入が考えられるタイトル 
        3. PC アダルトゲーム(一部非アダルトも含む)
      2. 市場規模
        2006 年の市場規模は 559.6 億円である。2006 年から 2007 年へは 100.2%と 横ばいに推移している。内訳は、コンシューマー美少女:61.8 億円、乙女:27.9 億円、 BL:3.2 億円、その他:209.9 億円、PC:257.2 億円となっている。
        2007 年 1~8 月で 380.9 億円、12 月までの年間予測では、推定 560.8 億円である。コンシューマーは 300.6 億円、PC 向 けが 260.2 億円であった。コンシューマーと PC でほぼ二分する形となっている。コン シューマーの内訳を見てみると、美少女ゲームが 88.3 億円、乙女ゲームが 20.8 億円、 ボーイズラブゲームが1.5億円、その他のコンシューマータイトルが190.0億円となる。
    5. フィギュア/キャラクターグッズ市場
      1. 定義
        1. フィギュア
          完成品フィギュア、トレーディングフィギュア、ガレージキット、プラモデル、プ ライズなど。
          ここからプライズを除いたものが今回の集計の対象となる。
        2. キャラクターグッズ
          雑貨や文具、アパレルなど、一般のキャラクターマーチャンダイズと同じもの。ま た、コスプレ関連商品もキャラクターグッズとみなしたため、コスプレ衣料もここに 集計されている
      2. 市場規模
        2007 年 1~8 月までの各ヒアリング先リテーラーの売り上げから 12 月までを見込ん で推定したところ、2007 年の市場規模は 281.8 億円であった。うちフィギュア市場が 162.3 億円、キャラクターグッズ市場が 119.5 億円だった。
        2006 年と比べると、市場 全体では 277.9 億円とほぼ横ばいである。フィギュア市場は 156.1 億円で拡大、キャ ラクターグッズ市場は 121.8 億円で減尐傾向にある。
    6. 同人誌市場
      1. 同人誌市場の範囲と定義
        現在、“同人誌”とはオリジナル(一次創作)作品のほか、既存のコミック、アニメゲーム等を題材とした二次創作作品の自費出版物を指す。出版社→取次→書店という 流通にのるものではないため、一般の書店や小売店では購買できない
      2. 同人誌市場の規模と推移
        2007 年の市場規模は 277.3 億円である。うち即売会が 103.7 億円、DL 販売が 39 億 円、書店委託が 134.6 億円となっている。2006 年の同人誌市場全体の規模は 237.7 億 円である。内訳は、即売会が 90 億円、DL 販売が 33.8 億円、書店委託が 113.9 億円と なる。即売会よりも書店委託が大きいことが特徴である。 どの経路においても、前年比 115~118%と高い成長率であり、市場は拡大している
  6. 結論
    1. 創作活動をするユーザーは、そうでないユーザーと比べてより多く消費すると想 定されたが、統計的なサポートを得ることはできなかった。重回帰分析において創作活動 経験の標準化係数が 0.000(有意確率 0.994)であることから、月支出額に全く影響を与 えていないことが確認された。もちろん、単純集計レベルでは、創作活動をしている人の 支出額は多い傾向にあるが、それは平均年齢と小遣いの高さに大きく影響された結果であ り、創作活動自体がもつ効果ではないと結論づけられる
    2. 市場は全体的に堅調に業績を伸ばしてきている。しかし、オタクユーザー一人あたりの消費にも限界がある。オタク人数が急激に増加するということもない。限られたタ ーゲットを各商品カテゴリーで取り合う状態になりがちである。そのため、オタク商品で あったとしても、一般ユーザーやライトオタクといった層に対して販売を促進していくこ とが今後の課題となる。

得這篇文章想要討論什麼?

對2007或2008年左右的御宅消費做一問卷調查與分析

我覺得這篇文章有哪些重點?或是我的心得?
文章中有一個地方的平均值(表八)KEY錯了,應是0.022,而不是0.22,不知道是不是因為這樣P-VALUE才會有誤。

2020年12月9日 星期三

〈子どもを元気にする環境とは〉《子どもを元気にする環境とは ー政策の現状と評価ー》仙田 満

  1. 身体能力、意欲の低下
    私は学習意欲について問題にしたいと思います。横浜国大の高橋勝教授の報 告によりますと、この25年間で25ポイントも減少しています。これらの原因はさま ざまありますが、私はこどものあそび環境の悪化によって、すなわち外で遊んでいな いための運動不足が最も大きい原因と考えています。こども達の病気の成人病化、あ るいは最近朝日新聞が30歳代の社員に心の病が急増しているとか記事が出ており ましたが、こども時代に十分に遊びを体験してこなかったことが大きく影響してい るのではないかと推察しています


  2. 能力と意欲の低下をもたらすもの
    日 本のあそび環境の変化を見てみますと、1960年代のテレビ、1980年代のテレビ ゲームの影響は極めて大きいものがあります。テレビによってこども達のあそびは あそび集団というものに参加しなければならないという呪縛を解かれてしまったのです

    1980年代のテレビゲームは参加性を持つもので、テレビよりもさら に強力であり、こども達をさらに自閉化させていきました。次代のパソコン、ケイタ イはその変化と楽しさ、魅力をさらに高めています。こども達は外あそびの中で生物 科学的な能力を育む時間を奪われています。さらに大人たちのこどもに対する犯罪 が凶悪化しています。こども達がさらわれ、殺される事件は親達に恐怖を与え、こど も達を閉じ込めています。いまや学校でさえも安全なところかどうか心配されてい ます。まして公園は危険な場所という烙印をおされています
  3. こども達と成育空間の関係
    こども達の成育環境としての建築、都市、公園という空間的な関係について見てみる と、こども達のあそび空間はこの40~50年の間にとても小さくなっています。1955 年頃に比し、10分の1から20分の1というようなオーダーでの減少率です。その 中でも自然スペースは著しく少なくなっています。横浜では斜面緑地という2~30m の小高い丘陵のつながりが自然スペースを形成していましたが、これもこの50年間 で大きく減少しています。また海外とのこどものあそび空間の比較においても、日本 のこども達の環境は極めて低い位置にあります。さらに1975年頃のあそび環境と 1995年頃のあそび環境の変化では、1975年当時の田舎のこども達は大きな自然あ そび空間を持っていましたが、1995年では他の都市のこども達と同じような状態 になっています。すなわち1995年頃は日本のこども達は都市のこども達も田舎のこ ども達も都市化の影響を厳しく受けていると言えます。すなわち田園地域のこども 達も少子化の影響によりあそび集団がほとんど成立せず、都市のこども達以上にあそびの体験が少なくなっていることです。今や日本のこども達は地域をこえてあそ びの体験が少なくなっています


  4. こども達のための空間的条件 
    こどもの成育という点から言えば、低層高密で中庭型の集合住宅こそ適して いると考えています。日本の住宅政策の方向を変える必要があります
    私はこどもの環境として、遊びやすい空間の構 造というテーマで、遊具の研究から遊環構造というモデルを提案しています。こども の集団遊びの原点は、「おにごっこ」と言えます。おにごっこが発生しうる集合形態 が望ましい。そのためには、できるだけ地面に近い必要があります。集合住宅地の清新町団地でも、10階前後でも廊下、階段等でたて横の動線がで工夫されている例で は、住宅棟全体を使ったおにごっこが見られました。しかし、一般的には4、5階建て の中庭居住がこどのも成育の環境として多くの人々から見守られているという点も 良いのではないかと思っています。
    私は日本のこども達に長期、たとえば1年間山村留学さ せる事を提案したいと思います。自然の厳しさ、美しさ、楽しさを1年間過ごす事に よって体験できます。そして、こども達は2つの故郷を持つことができます。都市と田 園とが、こども達を介して連携し、きっと教育的な効果だけではなく、社会的、経済的 な効果も高いと思われます。こども達は、共同生活をする事によってまた学び、たく ましくなる機会を得るに違いありません。

得這篇文章想要討論什麼?

仙田満對於孩童遊玩環境提出的問題與解決方案

我覺得這篇文章有哪些重點?或是我的心得?
本來是要找論文的,可是沒有免費下載的,只好看這個

2020年12月4日 星期五

〈ビデオテクノロジーの歴史的展開にみる 技術/空間/セクシュアリティ ―1970 年代日本におけるビデオ受容空間とそのイメージの変遷-溝尻真也〉

  1. 問題関心 
    1. ビデオテクノロジーのメディア史に向けて
      日本において家庭用ビデオデッキが本格的に普及するのは、1980 年代半ば以降である。ビデオデ ッキの普及は、それまで一度観たら終わりであった映画やテレビ番組を、好きな時間に、繰り返し 観ることのできるコンテンツへと変化させた。また、録画しコレクションされることを前提とした テレビ音楽番組が生み出されたり 、ビデオでしか観ることのできないオリジナルのコ ンテンツ制作も盛んになるなど、コンテンツの内容や形式にも影響を与えており、家庭用ビデオデ ッキの普及は、日本のテレビ放送や映像文化の歴史を考える上でひとつの転換点であったと考える ことができるだろう。
      本研究は主に 1970 年代の日 本におけるビデオテクノロジーに対するイメージの流通過程に焦点を当てる。「VHS/ベータ戦争」が起こり、ビデオが家庭用のテクノロジーとして広く浸透しはじめる以前の段階で、ビデオは いったいいかなるテクノロジーとしてイメージされていたのだろうか。
    2. ポルノビデオ/アダルトビデオへの照準
      ビデオテクノロジーのメディア史を語る際に、必ず引き合いに出されるのが、こうした「ビデオ テクノロジーの普及にとって、アダルトビデオは決定的に重要であった」「VHS/ベータ戦争でV HSが勝利したのは、松下(=VHS)の代理店がビデオデッキ販売時にアダルトビデオをおまけと して配っていたからである」といった神話であろう。この雑誌記事にも見られるように、こうした 神話は、既に 1980 年代末の段階で流通を始めていた。
      「ビデオテクノロジーの普及にとって、アダルトビデオの存在は決定的に重要 であった」という言説が、いかに構築され、流通するに至ったかを明らかにすることを目指す。そ してこれらの記述を通して、これまでメディア研究の対象としてはほとんど扱われてこなかった(故 にこうした神話が信憑性を持って語られてきた)、ビデオテクノロジーおよびそのイメージの普及過 程を明らかにすることを、とりあえず本研究の目的として設定したい。
    3. 言説とイメージのポリティクス
      一次資料としては、『大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録 件名編』の3巻および5巻にて、「モーテ ル」「ラブホテル」「ブルーフィルム、ポルノビデオ」の項目に分類されていた雑誌記事、計 524 件(重 複を含む)を用いた。
      また業界向け専門雑誌の記事は大宅文庫の索引に載っていないこ とが多いため、それを補うため、今回は国会図書館に収蔵されている、創刊から 1985 年までの『レジャー産業資料』『月刊ホテル旅館』『月刊ビデオ&ミュージック』を通読した。またそれ以外にも、 独自に発見した資料を適宜使用した
  2. 1970~80 年代におけるビデオイメージの生成過程
    1. 1970 年代における業務用ポルノビデオの流通
      ビデオという言葉が認知されるようになったのは、1970 年の講演会で語られた、石田達郎・フジポ ニー社長による「ビデオソフトウェア産業は十年後には五千億円規模の産業になるであろう」とい う宣言が契機であったとされる。
    2. 親密な空間におけるポルノビデオ受容
      業務用ビデオデッキが米・アンペックス社によって開発されたの は 1956 年だが、日本でも、1965 年にソニーが家庭用ビデオデッキを発売して以降、各社が相次いで この分野に参入していた。1969 年にはビクターとソニーがカラービデオデッキを発売しており、石 田発言は、このように白熱しつつあったメーカーの技術開発競争を背景になされたものであった
      1. 1971 年に行われたビデオソフト流通に関する調査では、当時流通していた個 人向けビデオソフトはわずか 0.5%に過ぎず、実に 98%が業務用ソフトとなっている。
      2. このようにビデオソフト業界は、業務用の成人娯楽が 6 割を占める状況から始まった。1970 年頃 まで、こうした成人娯楽のためのソフトは一般的にピンクビデオと呼ばれていたが、この時期のピ ンクビデオはピンク映画を焼き直したものが主であった。
        当時ポルノビデオとは、モーテルやラブホテルなどで受容されるメディア だったのである。
        モーテルやラブホテルにおける、ポルノ視聴装置としてのビデオテクノロジーの存在は、少なくと も 1970 年代初頭にはかなり認知されていたといえるだろう 
    3. 「観る」ビデオと「撮る」ビデオ
      当時ラブホテルにおけるビデオ撮影装置は、ビデオ視聴 装置以上に明確に、性行為時における被撮影者の性的興奮を高めるためのテクノロジーとして言及 されていた。換言するなら、ここでビデオテクノロジーは、密閉された親密な空間で、その親密さ を確認するために、自らを録画・再生するテクノロジーとして言及されていたのである
      こうした性的欲望とテクノロジーへの欲望を、同時に分節不可能な形で喚起するものとして、 当時ラブホテルのビデオ撮影/視聴装置は語られ、またイメージされていたのである
    4. ビデオテクノロジーの家庭化/個人化
      1. 1980 年代半ば頃からVHS/ベータの普及は急速に進んでいくが、それに少し先行する 形で、1980 年以降、ポルノビデオに関連する雑誌記事は急増している


      2. これまでの本論の流れを鑑みれば、ラブホテルからビデオ撮影装置が消滅した要 因はそれだけではないだろう。ビデオが家庭化するということは、それが単なるイメージの次元を 超え、生活空間の中で実体化されるということでもある。特に 1985 年にソニー・ハンディカムが発 売されて以降は、撮るテクノロジーとしてのビデオも家庭化していく。自分たちの身体を映像に撮 るという行為が非日常でなくなるにしたがって、ラブホテルのビデオ撮影装置はその姿を消し、「消 し忘れ」というジャンル呼称――それはラブホテルという空間とビデオテクノロジーの必然的な結 びつきを表していた――も、次第に広い意味での「素人もの」へと変わっていっ たのである
  3. まとめ
    アダルトビデオに象徴されるような性的欲望はもちろんのこと、メディアの生成過程にはコンテ ンツ消費への欲望が不可避的につきまとう。それが特に強くなっていくのが主に 1970 年代以降だっ た訳だが、こうしたコンテンツ消費への欲望が言説として大量に流通していく裏で、 テクノロジーへの欲望は次第に不可視なものになっていった

得這篇文章想要討論什麼?

本研究が明らかにしようとしているのはビデオテク ノロジーをめぐるイメージ .... の生成・変容過程であり、こうしたかたちでしか言及される機会がなかっ たこと自体、ビデオテクノロジーをめぐるイメージ構築のひとつの結果であり、また要因であると 考えることができるのではないだろうか。

我覺得這篇文章有哪些重點?或是我的心得?
我覺得從性慾望來討論錄影機感覺很有趣,但為何會以性愛為起點倒是很感興趣,是原本廠商就以這樣的市場戰略來販賣,還是受外國影響?
對於錄影機的負面刻板與御宅族的負面刻板不知道有沒有關聯性耶

2020年12月3日 星期四

〈ビデオをめぐるメディア経験の多層性 ——「コレクション」とオタクのカテゴリー運用をめぐって——永田 大輔〉

  1. はじめに
    本稿ではオタク が社会問題化するきっかけとなったビデオテープを「コレクション」する行為に着目する
    ビデオテープをコレクションする営みは、80 年代にオタクと呼ばれることになる人々の中 で最も日常的な行為である。それと同時にビデオデッキの普及率は爆発的に増加しており、 ビデオはその他の多くの人々にとっても、日常的に使用するメディアとなっていた。そして、 オタクが社会問題化するきっかけとされる連続幼女殺害事件はまさに、この複数の水準での 行為の意味づけが交錯する場面であったといえる
    1. 本稿ではこの二つの 文脈性を、1989 年のビデオというメディアが持つメディア史的な条件におけるビデオテープ のコレクションに関するそれぞれのアクターの意味づけという観点から考える。
      (1)マスメ ディアの語りがなされる前提として、一般層にとってビデオがどのようなものとされていた のかと、
      (2)批評的言論が宮﨑勤を「真のオタク」ではないとする言論の根拠として持ち出 したことがファン集団内でどのような文脈を持っていたのかを事件をめぐる言説が成立する 文脈として本稿では検討していく。 
  2. 「オタクの代表」の宮﨑勤
    1. 「証拠」としてのビデオ報道
      証拠としてのビデオ報道のされ方は、2 通り存在する。それはビデオを事件の客観的な証 拠と事件の動機としてとりあげる報道である。
      ここでは宮﨑のビデオテープが未整理であったために、目星をつけた捜索ができなかった ことが指摘されている。このことは一見些細なことに見えるかもしれないが重要な意味を持 つ。詳しくは後に検討するが、宮﨑がオタクであるのか否かという論点が浮上した際に、ビ デオテープが未整理であることが問題として取り上げられたからである。
    2. 宮﨑勤との切断操作とその範囲
      前述のように世代への結びつけがなされる一方で、6,000 本というビデオテープとオタクと いう言葉が結びついていたことがわかる。さらに、「他の映像メディアにのめり込み」、「虚実 の境目がわからなくなった」と、ほぼ上記の世代全体の拡張と同様のレトリックで語られつ つも、「彼ら」という形で特定の集団を想定した議論が展開されている。この曖昧なオタクの 使われ方を検討するには、従来問われてきたオタクというカテゴリーになぜ負のまなざしが 注がれたかではなく、そもそもビデオというメディアになぜ負のまなざしが注がれたのかと いうビデオの社会的配置をめぐる問いをひとまず検討すべきである。
  3.  ビデオの 1989 年における社会的配置と有徴性
    1. 家庭に導入されても、多くの家庭ではそのメディアをうまく使いこなせず、テレビを視 聴できないときに録画をする等単純な操作のみが行われた可能性がある 12。こうしたただ録 画だけをする層から見たときに、ビデオをコマ送り・編集したり、「コレクショ ン」したりするような消費は、珍しいことに映った 13。それが特定の集団を奇異なものとし て結びつけるまなざしへと接続する
    2. この時点でのビデオはカラーテレビに比して圧倒的に有徴なメディアだったのである。によると、世界を自分のお気に入りの世界にカスタマイズするのが、パーソナル な文化の条件である。これは同時に大衆向けを一律に消費するような世界とは異なるもので ある。ビデオはテレビをパーソナル化するメディアであったが、まさに 89 年のビデオをめ ぐる言説空間はそうした「一部のものだけがパーソナルな消費を行うこと」と「社会全体が パーソナルな消費を行うこと」の問題が混在するような場であった。宮﨑勤を「オタクの代 表」として語り、ビデオとオタクを結びつける文脈はパーソナル化の一般化への過渡期とし て存在したのだ。このように特定の集団に結びつけられる一方で若者全般にも結びつくよう な言論としてビデオに関する言論は存在した。ただ、オタクというカテゴリーに事件が結び つけられることへの危惧が語られるようにもなる
  4. 「真のオタク」ではない宮﨑勤
    マスメディアが語る言論との差異化を意識しつつ、それを具体的に実現するための戦略の 一つとして、『M の世代』における大塚の語りがある。『M の世代』は、大塚の「二六歳のおた く青年の主張を代弁したところで何の意味もないかもしれないが、彼の生きてきた不毛とぼ くが生きてきた不毛がつながっているとわかった以上、そうする他にないではないか」という発言をもとに作られた書籍である。
    「真のおたく」なるものを想定して、その「真のおたく」のふりをしている、すがっている という表現によって、M 君との距離感を確認している 。「おたくみたいな」疑似共同体に入 れないものをどうするかという論点で対談は進んでいくことになるが 、重要なのはここで 一度オタクという集団と宮﨑勤との関連を切断しようとしていることである。
  5. 変容するコレクションの意味論
    1. コレクションにおける数という意味
      本章では、そうした当時のビデオ使用の様 子を多く観察できるアニメ雑誌上で 80 年代を通じ、ビデオテープをコレクションすることの 意味がどのように形成・変容していったかを見る
    2. コレクションをめぐる二つの争点
      ただ本数を持っている以上の、質をめぐる論争が起こる。「三倍で録画してい た」作品を、標準で取り直すような拘りが現われる。そして、このコレクションの質の問題 が前面に出る際には常に二つのことが大きな論点とされていた。「β か VHS か」という機種 をめぐる軸と、「VHS 標準か VHS 三倍速か」という録画方法をめぐる軸の二軸である。
    3. 節約と質の拮抗
      標準か三倍かということをめぐる論理をより詳細に見て行く。そこで問題化していたのは、 「よりよい映像を見る」か「よりコストを節約するのか」という 2 つの論理の対立であった。
      宮﨑勤が「オタクではない」ことの根拠として、様々な映像が一本のビ デオテープに入れてあることや、標準か三倍速かに関するこだわりがほとんど見られなかっ たこと、ビデオテープが未整理であったことが問題化されていた。だが、元来これは「オタ クであるかどうか」が峻別できる卓越性を表示するような指標ではなかったのである。では、 それが卓越の指標として記述されたことの意味はどのようにとらえればいいのか。 
    4. こだわりの変容
      そうした所有だけによる卓越ではない指標がひとまずは目指されることになる。こうした 従来的な卓越の根拠に対して、新たな根拠として連続幼女殺害事件の際に批評家によって持 ちだされたのが、標準か三倍速かという枠組みと録画の効率化をどのようにしているのかと いったこれまで節約の技法とされてきた問題である。また、一本のビデオテープには同じ作 品や少なくとも同じジャンルに絞って録画するといった実践が行われていないことも宮﨑勤 が「真のオタクではない」根拠として用いられた。前述したようにビデオテープの価格が下 がったこともあり、こうした録画の技法等は、実用的な意味がそれほどなくなっていったと 推測される。情報の詰め込み方等の整理の仕方が、実用的なものではなく、長くそうした習 慣を持ってきたという卓越の原理として持ち出され、宮﨑がオタク的でないものとして位置 付けることの根拠の資源として用いられたのである。ここで持ち出されたのはむしろ、これ まで節約の原理が主であったものからかろうじて卓越性を発明していく実践であったといえ る。そして、それがマスメディアとの差異化を志向しつつ「真のオタク」と宮﨑勤の差異と して切断操作を行う語りを可能にしていた。 
  6. 結論——オタクが語られ出す論理
    本稿で明らかにしたことは、オタクというカテゴリー全体を説明するものではないが、オ タクをめぐる社会問題化の起点を考えるうえでは重要な視点である。宮﨑を「オタクの代表」 とするのも「真のオタクではない」として語ることも切断操作であるといってよい。問題は どのような切断操作かであり、それがどのような文脈によって生じたかである。

覺得這篇文章想要討論什麼?
討論大塚在宮﨑議題上進行的切割戰略,以怎樣的角度切開宮﨑與オタク的距離,並探究這樣的切割論點在那個時代何以成立

我覺得這篇文章有哪些重點?或是我的心得?
從大塚的言論帶到80年代的錄影帶史,我覺得為整個オタク的討論加深也加廣方向,尤其是那些雜誌的運用,也許帶個オタク的討論平台這樣的研究(今天的5CH、PTT)也許可以,從這樣的交流來探究オタク80年代史。

2020年12月2日 星期三

〈コミックマーケットの現在 ――サブカルチャーに関する一考察――相田美穂〉

  1. はじめに
    本稿ではまず,コミックマーケット,またはコミケット,コミケと呼ば れるイベントの変遷と,そこで行われてきた活動を資料に基づいて概観す る。  
    次に, 2004年夏に開催されたコミックマーケット66において筆者が行っ た調査を元に,コミックマーケットの参加者が,現在どのような活動を 行っているのか,そして,その活動がいかなる特徴,および意味を持つの かを考察する。
  2. コミックマーケットの概観――歴史と活動の変遷
    コミックマー ケット,あるいはコミケット,コミケという呼称は,同人誌活動に関わる 者においてさえ,時に同人誌即売会一般を指す言葉として誤用されるとい う現状がそれを物語る。コミックマーケットとは,正確にはコミケット準 備会が主催となり,現在は夏と冬の年に2回,東京ビッグサイトを会場と して定期的に開催されているイベントを指す
    1. 漫画同人事情――コミックマーケット以前から第一回コミックマーケットまで
      漫画同人誌は漫画を描いている素人が同志を募り,作品を持ち 寄って発表するための媒体として成立していた。後年,漫画原稿の複製が 手軽で安価な手段により実現するまでの漫画同人誌は「肉筆回覧誌」と呼 ばれる形態を取る。それは,同人のメンバーが投稿した生の原稿をまとめ て一冊に綴じ,同人の仲間内で回覧板のように回し読みをするものだった

      75年は,漫画同人誌が肉筆回覧誌から1人1部の所有へと形態を変え始 めた頃でもある。漫画原稿を複製する手段としてコピー機や簡易オフセッ トが登場し,漫画同人誌の一般向け頒布,同人会員のコピー誌所有が可能 となった。
      1. 漫画専門誌『COM』(虫プロ商事)
        67年になると『COM』誌上で会員募集,サークル結成のお知らせなどが載り, 次々と全国サークルが誕生していくことになる
        その『COM』は72年に休刊を迎える。『COM』と いう拠り所を失った漫画ファンは,『COM』に代わって同好の志を結集さ せるための手段を模索した。その試みの一つから,漫画批評集団「迷宮」 によって,コミックマーケットが生み出された。それが,1975年に開催さ れたコミックマーケット1――つまり,第1回コミックマーケット――で ある。
    2. コミケットの規模
      1. C1
        第1回コミケット(C1)は,1975年12月21日に開催され,サークル32, 一般入場者700名が参加した。参加者は9割が少女漫画ファンの女子高生で ある
      2. C5
        C5(77年春)が開催された年は,テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』が人 気を得る。『~ヤマト』人気は,コミケットに創作漫画系ではなくアニメ系 同人誌の増加をもたらした。そして,アニメ系サークルの急増により
      3. C11
        C11 (79年春)では,会場が漫画系とアニメ系と分けられる。アニメ系同人誌は 一過性の流行現象で終わることなく,コミケットに定着する。また,同時 期に,後年ブームへと発展する,いわゆる「ロリコン」同人誌が登場して いる
      4. C12(79年夏)には,男性参加者が増加傾向を見せる。男性参加者を中心としたロリコンブームは C18(81年夏)頃,頂点に達する。 続く C19(81年冬)で参加者の過半数は男性が占める。その C19では, サークル600,一般9,000の参加を数えた。 
      5. ロリコンブームに次ぐ大きな転機は女性参加者の間に起こった。C28(85 年夏)では,『週刊少年ジャンプ』(集英社)連載の高橋陽一著作であるサッカー漫画『キャプテン翼』(以下,C翼)同人誌が登場する。『C翼』 同人誌は10代女性のコミケット参加を急増させた
        C28の参加者は,サー クル3,450,一般30,000である。こうした女性を中心とする盛り上がりの ピークは C39(90年冬)で
        女性参加者の間に起こった変化は,5年間で,サークルはおよそ4倍,一 般はおよそ8倍まで参加者を増加させた。その頃には,コミケット参加者 のうち7~8割を女性が占めるようになっている。この傾向は,『C翼』人 気,それに続く『聖闘士星矢)』ブームを反映している。
      6. コミケット全体に影響を与える大きなトレンドは現 れていない。それでもコミケット参加者の増加はサークル,一般共に加速 していく。
        1. その要因の一つに,元々は非同人漫画誌の読み手だった層が, コミケットの存在を知り,コミケットへの参加を始めたことが挙げられる。 さらにプロデビュー後もコミケットへの参加を継続する描き手の増加が, この変化をもたらした。
        2. コミケッ トという場では,漫画同人誌に限らず,多様な「表現」が許容されている という事実も重要である。冊子という形態をとって頒布される「表現」は もちろん,後述するコスプレもコミケットで見られる表現の一つである。
    3. コミケット会場の変遷
    4. コミケットの参加者たち
      1. サークルと一般――同人誌を売買する人びと
        大抵のサークルはコミケット参加に伴う支出の回収すらおぼつかない のが実情である。一般の場合,コミケットへの参加は支出の要素しかな い。  
        それでも,数十万人規模の参加者がコミケットに集まる。金銭に替え られない「何か」を参加者はコミケット参加によって得ていると考えな ければ,参加者の行動は説明出来ない。その「何か」については別項で 考察する。
      2. コスチュームプレイ――同人誌から離れた参加者たち
        コスプレとは,任意の漫画やアニメ,ゲーム作品の登場人物が着用し ている衣装を真似た扮装をする活動である。
        コスプレイヤーが,コスプレ衣装を入手する方法は様々である。コス プレイヤー自身による手作りを初め,コスプレ専門店でのオーダーメイ ド,既製服や小物類の購入等々,多様な手段でコスプレイヤーは自らが 着用するコスプレ用の衣装を整えている
        1. コスプレがコミケットに初めて登場したのは,C8(78年春)である。そ して,C15(80年夏)頃にコスプレは激増を見せ,現在に至る。
          C23(83 年春)からは,警察の指導によりコスプレ衣装着用のまま会場外へ外出 することが禁止された。コスプレ衣装と普段着の着替えについては,コ ミケット主催者があらかじめ,その場所と使用時間の指定をする。
    5. コミケットと商業漫画・小説の関係
      C10(78年冬)頃には,漫画同人誌の描き手を経てプロデビューする者が 現れ始める。また,同時期に,同人誌の描き手を商業誌の描き手として起 用した雑誌,単行本が創刊されている
      1. 「日本初のロリコン漫画誌であり,同人誌の美少女コミックをメインにし た新しいタイプのエロ漫画誌の草分け」\となった『レモ ンピープル』(久保書店)が創刊されたのは,81年である。80年前後には, 女性向け・男性向け問わず商業誌漫画においてコミケット出身の描き手が 活動の場を獲得し始めた。
      2. 同じ年,コミケット準備会が『コミケットセレクション☆ 83』を発行している。同人誌作家10人の作品を収録した同誌は,現在のア ンソロジー単行本の先駆けをなす
      3. 87年頃には,同人誌作品を集めたアニパロの再録本や,ジャンルアンソ ロジー)が次々と出版社から発行され,一般の書店の店頭に並んだ。この 動きは,コミケットに代表される同人誌即売会をはじめとするごく限られ た場で流通していた漫画同人誌を,内容はそのままに体裁だけを変えてコ ミケットに関わりのない一般の読み手の手に届くものとした。
      4. 88年には,漫画作品ばかりでなく,小説同人誌の商業誌化が始まる。そ れは,小説同人誌の書き手(同人作家)を商業小説雑誌の書き手に起用す る動きの始まりである。90年には小説同人出身の書き手による最初の単行 本が発行され,公称で15~20万部を売り上げた。同人作家を書き手とした 書き下ろし単行本というスタイルは,91年頃に定着しはじめる
      5. コミケット初期には,同人誌の書き手は,通例としてプロになると同時 に同人誌から撤退した。現在は,商業誌に連載を持つ,いわゆるプロの作 家がコミケットで自作同人誌を頒布する事も珍しくはない。

        商業出版は,「ロリコン」等の言葉によって表されるその時々で読み手を 強く引きつける作品の傾向と,作品を執筆する書き手の双方について,コ ミケットという場に出現したものを取り入れ,商業出版物とての漫画・小 説の方向性を定めて一般読者に提供しているのである。
  3. コミケット66(2004夏)
    1. コミケット66に見るコスプレ
    2. 同人誌即売会としてのコミケット66
      コミックマーケット66においては,たとえ同じジャンルの愛好者同士で あっても,会場で行われる交流は希薄だった。その要因は,同一ジャンル 内でさえ趣味・嗜好が細分化し,同じジャンルというだけでは,お互いに 快の共有への期待が困難になったことにある。ゆえに,コミケット参加者 は自分の快を乱す可能性を孕む直接的な対話から撤退し,同人誌の売買を 通じてのみ,お互いの好みや意志を表現する。相手からの返答があらかじめ期待されていない一方的な意思表示を選択することにより,コミケット 参加者は自己を不快から守ると同時に他人を不快に陥れる可能性を回避す る
  4. むすびにかえて 

覺得這篇文章想要討論什麼?

本稿では,コミックマーケットの概要及び,そこで現在見られるコミュ ニケーションのあり方と意味を明らかにした。それは,お互いを傷つけな いコミュニケーションと,それによる自己の確認であった。また,コミ ケット参加者を通じて考察された現象は,現代の若者全般に見られる特性 がコミケットという場に表出したものであることを確認した。

我覺得這篇文章有哪些重點?或是我的心得?
前半段介紹同人展的歷史與內容,後半段是個人遊記參雜同人展中的交際行為,大概應該是我想去受到肯定,但又害怕過於親密的接觸,於是在網路上po我在現場囉,然後看著大家在下面留言,我看到了、我買了很不錯等留言,並從這獲取滿足感,但現場就僅僅只是短短的交流而將進一步的互動轉移到網路上。