- はじめに
本稿では,そうしたオタク論の論点を整理し,課題を 抽出し,研究の方向性を定めることが目的である.特 に中心的に検討するのが,東浩紀,斎藤環,森川嘉一 郎の三者である - オタクとは誰(何)か
- オタクの定義とセクシュアリティ
- 東浩紀
コミック,アニメ, ゲーム,パーソナル・コンピュータ,SF,特撮,フィ ギュアそのほか,たがいに深く結びついた一群のサブ カルチャーに耽溺する人々の総称 - 斎藤環
オタクをセクシュアリティによって特徴付 ける.マニアの対象物は普通セクシュアリティの対 象にならない.しかし,オタクの対象物はしばしばセ クシュアリティの対象になる
制作者側が性的な意図を込めていなくても,消費者 の側が性的に読み替えることがある.特にオタクはそ の傾向が強い.それは次にあげる二次創作消費におい て,より顕著な特徴を現す. - 二次創作消費
- 二次創作とは,原作となったまんが,アニメ,ゲー ム,ライトノベルなどからキャラクターを借り,それ をまったく別の物語に作り直した同人誌や同人ゲーム を作ったり,フィギュアやポスター,カードなどを作っ たりすることである
- 東は,オタク系文化において模 倣や引用が多用され,オリジナルとコピーの区別が消 え,中間形態としてのシミュラークルが増殖していく 事態をオタク文化のポストモダン的特徴だと指摘す る .そのようにして作られる二次創作はしばしば性 的表現を(ときには過激な内容を)含みこむ.オタク たちはそうした虚構にセクシュアリティを感じる.
- 斎藤は,このようにオタクが二次創作を求める姿について,あり ものの虚構をさらに「自分だけの虚構」へとレベルアッ プする手続きであると述べている
- ありものの虚構を重視したり,保持したり,さらに 「自分だけの虚構」にレベルアップすることなど,虚 構重視という態度がオタクを特徴付ける要因となって いる
- 「萌え」の特徴
- 森川嘉一郎
特定のキャラクターやキャ ラクターを構成する特定の部分的要素に惹かれ,好み に感じること - 東浩紀
東は「データベー ス・モデル」で捉えうると指摘する.これは今の オタクたちが物語への関心を急速に失う中で,代わっ て台頭するモデルである.オタクたちは萌えのデータ ベースから生み出される表層のシミュラークル(イラ ストや設定など)を愛好するのである - 大澤
大澤は,幻想=虚構にすぎないことを オタクたちがよく知っていながら,それでも,不動の 「現実」のように振舞う姿を「アイロニカルな没入」29) と呼んでいる.
彼らが,作り物の絵に セクシュアリティを感じるのは,現実と虚構を混同し ているからではない.そうではなく,現実と虚構の区 別がつき,作り物であることをきちんと認識した上で, それでも感情移入してしまう態度が「萌え」なのであ る.
同じような要素(萌え要素)をもち,自分 の好みに合うなら,A,B,C に同等に萌えられると いうわけである.それは作り物であるがゆえに,かけ がえのないということはないのだが,それでも好きと いうまさにオタクの「アイロニカルな」態度として「萌 え」を理解することができよう - オタクの自己言及
それ自体も分析の対象になりうるが,こ こではオタク自身がオタクという語を用いて自らを語 り,自らが属する共同体を語るということを確認して おこう.
オタクが自らを語る,その 代表は岡田斗司夫である.岡田は,オタク自らがオタ クを語る者として,積極的に1990年代に発言を行って きた.それは,岡田が「オタク=社会性のない人」と いう評価にさらされ続けたがゆえに,オタクを擁護し, オタクの評価を上げたいという戦略的な行動であった かもしれない - オタク論で議論されてこなかったこと
- オタク文化のジェンダー的非対称性
- こうした腐女子を特徴付ける文化的特徴として「や
おい」がある.「やおい」とは,「やまなし,おちなし,
いみなし」の省略語とされ,主にアマチュアの描き
手(同人と呼ばれる)による男性同士の愛をテーマと
した作品群を指す
腐女子たちは,いかに もオタクと見られないように,ファッションやメイク にも気をつかっているという .愛好しているも の(やおいやボーイズラブ)を隠し,見た目も外見上 はオタクと分からない格好をすることで,女性のオタ クはこれまで「見えない」存在であった. - これまで男性論が中心であったが,今後は女性のオ タクの行動論や感受性論などが論じられる必要がある だろう.その上で,男女の類似性や差異について考察 される必要がある
- なぜ彼らはオタクなのか
- あるとき虚構は虚 構であることに気づく.それが虚構だと「分かってい る.それでも…」というアイロニカルな態度を獲 得したのは理由があるのだろうか.あるいは気づいた らもうなってるようなものがオタクなのか.このよう な点について,まだほとんど明らかになっていない
- オタク論には実証的な研究は少ない.多くは自ら の印象や体験に基づいた批評や論評が中心である.評 論や批評は実証的でないが,事実を捉えていないとい うことではない.多くの印象批評が同じような実感を 持って論じているなら,それなりにリアリティはある ということだろう
- 課題の整理
オタクとは,自らをオタクと称 するものとし,各オタクが使うオタクという言葉の意 味を記述していくことが,オタクのリアリティに迫り うる方法であろう.オタクたちは,オタクのステレオタイプを受け入れているのか,自らをどのようにオタ クと定義したのか,それによって人間関係や行動様式 に変化はあったのか.オタクはオタクをどのように生 きているのか
覺得這篇文章想要討論什麼?
オタク論の論点を整
理し,課題を抽出し,研究の方向性を見出すことである
我覺得這篇文章有哪些重點?或是我的心得?
我覺得點出實證、與女性角度的缺少是其貢獻,之外似乎就只是整理他人的言論而已
不過,我覺得OTAKU社群的自我定義性,似乎是個有趣的點,畢竟在社會上的眾多社群之中,擁有如此多的人數,評價又如此兩極的,大概也就只有OTAKU了
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